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2017年 ウィーンフィル ニューイヤーコンサート ドゥ・ダメル指揮

今年のウィーンフィルのニューイヤーコンサート、ベネズエラ出身のドゥ・ダメルが指揮者。新しい体制を出発させたウィーンフィルの代表者たちが選んだ人選は、私が感じる処、「吉」と出たと思います。何かとっても良かったと感じています。NHKの解説者が「ニュー」という言葉をキーとして解説していましたが、確かにウィーンフィルのメンバー的にも新しいメンバーが数多く見られると共に、知った顔が見えなくなる寂しさもありますね、ヨゼフ・ヘル・ジュニアやハインリッヒ・コルさんが弾いておられたのはうれしかったけれど。コルさんのお嬢さんのパトリシアさんが第2ヴァイオリンの前から2列目のプルトで弾いておられるのもウィーンの伝統の引継ぎかしら。ライムンド・リッシーさんもちょっと貫禄ついたかなぁ。ドゥ・ダメルの指揮ぶり、誰かに似ていると思って記憶を辿ると、時々の腕の動かし方がアバドに似ているのではないかと思える。しかも後半部分から楽団ものってきた感じがあり。ドゥ・ダメルの表情も演奏中の「楽しい!」といった素直な表情と演奏後の「どうだったかな」というような緊張した面持ちとがあったけれど。世代的な交替が見られてけれど、感心するのは音楽が脈々と受け継がれていること。流石ウィーンフィルです。言葉では表しにくいけれど、音楽の流れが変わらないというか、そのものが鳴っているといった感じです。ワルツ「奇抜」でのリズムや音色には感じ入りました。来年は懐かしいムーティとのこと。これもなかなか憎い人選ですね。ありがとうございました。
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2017年を迎えて 変化が激しく 「祈りを篤く」!

2016年12月31日を越えて2017年1月1日を迎え、就寝前に聖書を開く。ただ与えられるままにと聖書を開くと、イスラエルに対する厳しい裁きの箇所、2回目、3回目に開いても同じような神の裁きのことが述べられている箇所が与えられる。その際に心に浮かんだ思いというか言葉は「祈りを篤く」というもの。国際情勢ではイスラエルを取り巻く非常に厳しい情勢から起こる年初の情勢、12月23日の国連安全保障理事会での対イスラエル非難決議の通過、1月15日に予定されているというイスラエル・パレスチナ問題に関するフランスが主導する国際会議、ビリーマイヤーさんのブログで1月20日のトランプ大統領就任前にも何かがあるという情報をヤス先生から頂く。
そして、地震に関するサイトでも IN DEEPさんでご紹介されたNOAAで計測されている電子フラックスが12月31日から1月1日まで12月8日のソロモン海でのM8の地震時に示されていたほどの相当なブレを生じており、災害の夢ブログでも何かしらの示唆があるような記述が31日にアップされていた。昨年末の南太平洋での地震の連鎖についてはWALK IN THE SPIRITS さんのブログでCERNの地球上での対蹠点地域という「指摘もあり、「祈りを篤く」ということをどう自分がしていくかは分からないこともあるけれど、与えられたと思うその言葉を心に置いて祈っていくことにしようと思った。

今年のウィーンフィル・ニューイヤーコンサート

今年のニューイヤーコンサートは素晴らしい雰囲気に満たされていた。
やはりメータの指揮はウィーンフィルと共感し合っている。1990年の
ニューイヤーコンサートでメータはニューイヤーにデビューしたのだけれど、
父がその時の青きドナウが「近来稀にみるというか聞く内容だった。」と
話したことを覚えている。選曲も良かった。「エルベのほとりにて」は
解説者が話していたように傑作なのである。ヨハンシュトラウスの最後の
ワルツがこの題名というのはなぜか気になるところだが。
今回の撮影はなぜか女性の奏者をメインに取り上げていたが、?
第2ヴァイオリンのパトリシア・コル嬢は素顔が素敵なのに、ちょっと化粧が
濃い感じ、他の女性奏者もそのような気配だったので演出かもしれないけれど。
バレーも良い感じだった。来年はヤンソンスとのこと。心臓は大丈夫なのだろうか。

緩慢な殺人

多くのサイトで放射能被害のことが掲載されている。
しかし、マスメディアで真摯に取り上げ、報道がなされている
とは到底思えない。多くの人々は放射能が拡散されていること
は薄らと感じてはいるが、どの程度のものなのか、どのような
影響があるのかについて、また、今どうなのかについても詳細
には分からないし、そのような意識を持つ余裕でさえ無いのが
現実ではないだろうか。
放射能が拡散されるということは、すべての環境圏での汚染が
進んでいるとしか考えられない。それは自分たちが生存の根本
としている空気、水、食物に及んでいることも疑えないことだ。
人間生まれてきた時から「死」へと向かっていることは、古来
から言われていることでもある。しかし、その大多数は自然死
として考えられるが、これは緩慢に行われている殺人行為、
それも大量殺人行為と言えるのではないだろうか。

狂ってる!

アバドの思い出を綴っていたけれど、ちょっと脇道に逸れます、
というか、このブログの趣旨からは正道なんだけれど。

「狂ってる!」、この言葉、正月直に亡くなった義理の兄の親族が
発した言葉。親族というか義理の兄の長男なのだけれど。
この言葉、ストレートに響きました。親族間の泥沼のような諍いの
範囲ではなく、現代の社会全体を写し取ったようなお言葉。
何か狂っている、そう思わざるを得ない世相というか社会の様相です。
宗教的に言うなら、個人の「罪」が積み重なり、もう大きな流動として
誰もが止めることが出来なくなった感があります。
アブラハムの時代の「ソドムとゴモラ」の世界バージョンとして。
誰もが何かを感じいても誰をも何もできないといった流れでしょうか。
何かが起きるかどうかではなく、何時起きるのかがもう焦点となり、
どうなるのか誰も分からない。何時起きるのかも分からない。
もう少し掘り下げて語りたいけれど、難しい感があります。
プロフィール

Author:モーリスウララ
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